東京高等裁判所 昭和24年(新を)1359号 判決 1950年7月04日
控訴人 被告人 水沼嘉市
弁護人 森山邦雄
検察官 渡辺要関与
主文
本件控訴はこれを棄却する。
理由
弁護人森山邦雄の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面記載の通りである。これに対し当裁判所は次の通り判断する。
第一点論旨は本件は農林省栃木県資材調整事務所作成名義の木材輸送証明書中の輸送数量八石を一八〇石に期間欄中昭和二十四年三月九日迄とあるを一九日と変更しただけであるから文書の変造と解しなければならないのに原判決はこれを偽造と解し刑法第一五五条第一項後段に該当するものと判示したのは判決に影響を及ぼすべき違法があるから原判決は破棄を免かれないというにある。よつて記録並びに原審が取調べた証拠に現われた事実によると所論の証明書は昭和二十四年三月九日附同日限り有効であつて該期限経過後は直ちに当局に返還すべきに拘らず被告人はこれを返還しないでなお所持しておつた処偶々昭和二十四年三月十八日は雨天のため輸送中止の予定であつたが予期に反し同日輸送することになつたので輸送証明書交付手続をなさず右使用済で返還すべき証明書に所論のような記入をしたものである。而して効力の消滅した既存文書を利用して新らたな文書を作成した場合は文書の変造でなく偽造であると解すべきである。(大審院明治四〇年(れ)第一七九七号同年十一月九日言渡事件参照。同旨昭和十二年(れ)第一四七〇号同年十月二六日言渡事件参照。)
然るに前掲の通り所論証明書は既にその効力を失いしものであるのに被告人はこれを利用して新らたな証明書である如く装うため所論のような記入をしたものであるから文書の変造でなく文書の偽造であると認むべきである。これと見解を同じうする原判決には所論のような違法はない。論旨理由ないものである。のみならず文書偽造と、文書変造とは元来その罪質を同じうするからその孰れに従うもこれがため原判決を破棄すべき事由とならないことは既に古くより確立された原則であるし(前掲明治四〇年(れ)第一七九七号及び同年(れ)第二〇九二号参照)今なおこれを変更する必要ないものであるから原判決には所論のような法の適用を誤つた違法はない。論旨理由ないものである。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)
控訴趣意書
第一点原審判決は法の適用に誤があり判決に影響を及ぼすことが明かである。即ち第一審判決は農林省栃木県資材調整事務所作成名義の木材輸送証明書一通中の輸送数量中八石とある八の字の前後に夫れ夫れ一及び〇の字を期間欄中昭和二十四年三月九日迄とある九の字の前に一の字を何れもアラビヤ数字を以て書き加えた事実が本件の事実である。之を法律上より観察するに木材輸送証明書中の記入事項中の変更に過ぎぬ事は一点の疑いなき処である。即ち公文書を作成名義を偽り又は内容全部の変更では無い全く当該文書の一部の変更で即ち文書の変造と解するを正当と信ずる。斯かる明白なる事実を原審判決は簡単に偽造なりと判決したるは大なる違法であります故に公文書変更の事実に付いては刑法第一五五条第三項後段に該当し該法条を適用す可きに不拘之に反して同条第一項に該当せるものとし之を適用したる原審判決は法の適用に誤りあり判決に影響を及ぼしたる事極めて明かであります。
(その他の控訴趣意は省略する。)